褒められない日は、価値がない気がする

評価で自分を測ってしまう

一日を振り返ったとき、
何か特別な失敗をしたわけでもないのに、
胸のあたりが少し重くなる日がある。

誰にも怒られていない。
大きなミスもしていない。
それでも、
「今日は何も残せなかった気がする」
という感覚だけが、静かに残る。

もしかしたら、
誰からも褒められなかったからかもしれない。
その理由がはっきりしなくても、
価値が薄くなったような気分になることがある。


その感じが生まれる場面

この感覚は、
とても普通の一日の中で強くなる。

仕事を終えても、
特にコメントが返ってこなかったとき。
家族に話したことが、
さらっと流れてしまったとき。
SNSに載せた何かが、
静かに埋もれていくとき。

誰かに否定されたわけではない。
ただ、
「いいね」や「助かりました」や「すごいね」といった
小さな反応が、今日はなかった。

日本の空気の中では、
控えめにしていると、
存在感も一緒に小さくなる。
その静けさが、
自分の価値まで薄めてしまうように感じられることがある。


脳の中で起きていること

この反応には、
「報酬系」と呼ばれる脳の働きが関わっている。

人の脳は、
褒められたり、
感謝されたり、
認められたりすると、
小さな快の信号を出す。

それは、
集団の中でうまくやっているという
目印のようなものでもある。

その信号がある日は、
自分がここにいていいと感じやすい。
ない日は、
特に何も起きていなくても、
少しだけ不安になる。

脳はその差を、
「今日は足りなかったのかもしれない」
という形で受け取ることがある。


それが悪いわけではない

この感覚は、
誰かに依存しているから生まれるわけではない。

人はもともと、
人とつながりながら生きるようにできている。
褒め言葉や感謝は、
そのつながりを確かめるサインでもある。

日本では、
直接的な評価が少なく、
空気の中で分かることが多い。
だからこそ、
言葉としての反応がない日は、
自分の居場所まであいまいになる。

それは、
この環境で長く過ごしてきた脳が、
静かに働いている結果なのかもしれない。


余韻

褒められない日があると、
自分の輪郭が、
少し薄くなるように感じる。

その感覚も、
つながりを探す脳の動きの一部だと思うと、
ほんの少しだけ、
違う光で見えることもある。

※このテーマについては、下記のページで整理しています

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